2023年12月25日展示情報
【終了】令和5年度 秋季企画展 どうしょば秀勝
■ 令和5年9月16日 土曜日 から 12月24日 日曜日まで
「どうしょば」は新発田の方言で「どうする?」です。豊臣秀吉の命で加賀大聖寺から越後へ入封した溝口秀勝。その直後に秀吉が亡くなり、徳川家康と旧領主の上杉景勝が対立することになりました。まだ、しばた弁に馴染んでいないときに「どうしょば」と思い悩んだに違いありません。秀勝とその子孫は、関ヶ原の戦い・大坂冬夏の陣を経て、どのように徳川幕府のもと大名としての地位を固めていったのか。国づくり(上杉遺民との戦い・検地の引継ぎから国絵図作成まで)、町づくり(築城・城下町の建設)、ひとづくり(家臣団の編成)についての資料を紹介し、溝口氏が新発田藩主として足場を固めていった姿を紹介します。
■ココから、来場者用資料をご覧いただけます。
・企画展配布資料 ページ4・1 ページ2・3
・展示品リスト

溝口伊織家甲冑(兜)
詳しくは、添付のチラシをご覧ください。

「どうしょば」は新発田の方言で「どうする?」です。豊臣秀吉の命で加賀大聖寺から越後へ入封した溝口秀勝。その直後に秀吉が亡くなり、徳川家康と旧領主の上杉景勝が対立することになりました。まだ、しばた弁に馴染んでいないときに「どうしょば」と思い悩んだに違いありません。秀勝とその子孫は、関ヶ原の戦い・大坂冬夏の陣を経て、どのように徳川幕府のもと大名としての地位を固めていったのか。国づくり(上杉遺民との戦い・検地の引継ぎから国絵図作成まで)、町づくり(築城・城下町の建設)、ひとづくり(家臣団の編成)についての資料を紹介し、溝口氏が新発田藩主として足場を固めていった姿を紹介します。
■ココから、来場者用資料をご覧いただけます。
・企画展配布資料 ページ4・1 ページ2・3
・展示品リスト
溝口伊織家甲冑(兜)
詳しくは、添付のチラシをご覧ください。









